社会での実践力を育む社会科教育

注目の社会科教育

よりよい社会の構築を目指して

ともすれば暗記科目ととらえる向きもある社会科だが、生徒が生きる“今”の社会を知る重要な役割を担う。現在、自分たちの生きる社会や日常生活に、学習した内容をリンクさせて考えていくことや、生徒自身が社会を構成する重要な一員であることを認識する端緒となる学びが強く求められている。今回 “社会構造を理解し、社会への応用力を育む社会科教育”をテーマにユニークな取り組みを実践する4校を取り上げた。それぞれ「社会の課題を発見・解決する研究力と表現力を育む」「株価変動の分析から社会や世界を動かす経済構造を理解する力と課題発見・解決力を育む」「世界史の疑似体験を通して、よりよい社会を構築する力を育む」「歴史のIfに挑戦する学びが、平和を構築するための主体的生き方を育む」授業を通して、実社会と生徒自身の人生のつながりへの理解を深め、よりよい社会の実現を目指す主体性を養う社会科教育を追い求めている。

実社会の課題を発見・解決する




研究力と表現力を育む


桐朋女子中学校 公共

Public

桐朋女子の社会科教育では、体験をベースとした段階的な調べ学習を通して、社会が抱える課題を発見・解決する研究力と表現力の育成を重視している。

中学では、各学年で年1~2回の社会科見学を実施。中1では学校周辺のエリアや都心を、中2では歴史に関連する博物館などを訪れ、中3になると裁判所や国会、豊洲市場、ユニセフなど、生徒の興味関心に合わせた複数のコースから選択できる。見学後作成する400字詰め8~15枚のレポートは、調べ学習のレベルを超えた研究報告としての体裁が求められるため、深い考察と分析力が問われる。社会科の菊川彩香教諭は、「大切なのは“調べること”ではなく、調べた結果、“自分はどう考えたのか”をまとめることです。たとえば製菓工場の見学では、製品の特徴や作り方だけでなく、他社製品とどのような差別化をはかっているかを比較・考察する作業が必要」と述べ、生徒自らが問いを立て、解決策を編み出す力を身につけられる実践的なプログラムであることを強調する。

高2の「公共」では、生徒2人1組で現代社会の様々な課題を調べ、15分間の発表授業を行う。用意されたテーマは全部で16あり、環境、社会保障、人権、労働、人口、エネルギー、食料などジャンルは多岐にわたる。まずテーマを選択し、問いを立てて書籍や公的機関のサイトなどで調べ学習を行う。そして骨子をまとめたレジュメを作成し、教員のアドバイスを受けながら構成を固める。確かな根拠に基づく説得力のある発表を目指している。具体的には「年金制度や介護保険制度にはどんな課題があるのか?」「難民問題をどうすれば解決できるのか?」「EUの経済統合は他の経済統合とどんな違いがあるのか?」「人間はどのように発達し、成長するのか?」といった授業が行われた。社会科の天野彩教諭は、「発表する生徒は、パワーポイントや動画を駆使し、見る人を引き込み、飽きさせない工夫を凝らしています。自ら教える立場になることで、これまで受け身だった姿勢が一転し、モチベーションが高まるようです」と主体的に学ぶ姿勢を評価する。一方で、メールやSNSの情報発信が主流となる中、言葉を使いこなす訓練は足りておらず、表現活動を支える“ことばの力”を強化することが大きな命題、と発表学習の重要性を訴える。

口頭試問入試に始まる、深い思考に基づいた表現力の育成教育に長い伝統を持つ桐朋女子の体験型課題解決学習は、社会科教育の新しい力を感じさせるものだ。ここで身につけた課題発見・解決力と表現力は、生徒たちが将来直面する様々な問題にも果敢に対処できる力になるに違いない。

(文/佐久間香苗)

株価の分析を通して




世界の経済構造を知る


学習院女子中等科 公民

Citizen

学習院女子中等科の中3公民は、現代社会のしくみとともに、それを構成する一人の人間として、どのように社会参画を果たしていくかについて学ぶことを目標としている。公民は現代社会と密接に関わる身近な科目。しかし、教科書に記載された知識を伝えるだけでは実社会を見る眼を養うことにつながらないという教育現場の悩みがある。そのような課題を解決したいという思いが、公民でのアクティブラーニングに取り組む端緒になったと社会科・八田佐智子教諭は語る。中でもユニークなのは、株式会社について調べ、株価や出来事を記録し、経済の動きを分析する「株価のレポート」の取り組みだ。

生徒は自分なりの視点で、興味関心を持った株式会社を2社選び比較するために、その事業や取り組みについて調べる。自分が選んだ企業を具体的に知ることを通して、株式会社の意義やしくみを学ぶだけでなく、現代企業の特徴や社会と企業の関係について知識や思考を広げていく。企業の本業である経済活動はもちろんだが、積極的に取り組む環境保護・文化支援・人権保護・女性地位向上といったCSR活動なども探究することで、まさに企業の「社会的責任」への姿勢も知ることとなる。

夏休みには、その企業の株価に加えて日経平均株価と円相場、そして株価や円相場の動きに関係のありそうな出来事を記録する課題に取り組む。2学期になると株価や円相場の動きをグラフにし、それぞれのグラフを比較しつつ、関連性や変動の要因を分析・考察。1学期後半から2学期前半までにわたるこの取り組みを通して、市場経済の本質や現代経済の特徴、為替相場と株価の関係、海外の市場と日本とのつながりなど、生徒自身が実際の経済社会に向き合う中で学んでいく。根気のいる作業だがやり遂げた生徒は達成感とともに「経済の動きを可視化できて楽しかった」という声も聞かれるという。また、中学という早い段階での企業調査はキャリア教育としての側面を果たすことも期待されている。

同校の教育で大切にする「その時代に生きる女性にふさわしい品性や知性」には諸外国や社会の情勢への見識も不可欠だ。自分が選んだ企業を通じ、国内外の社会的事象、社会問題を自分事として捉え、課題を見出し考える姿勢の育成を目指す公民の授業。八田教諭は「社会的事象について主体的に判断する力を養い、社会問題の解決に向かってリーダーシップを発揮できる女性に成長してほしい」とその思いを語る。これらの取り組みで生徒たちが得た新たな視野・思考は、卒業後、またその後の人生において大きな力になることは間違いないだろう。

(文/松岡理恵)

世界史の疑似体験を通して、




よりよい社会を構築する力を育成


法政大学中学校 世界史

World History

国内外の社会課題を、他人事ではなく自分事として考え、自ら判断し実行する主体的な人間を育成する。法政大学中学校が掲げる教育目標は、他者と共存しながらよりよい社会を構築していくための指針ともいえる。このための実践的な教育方法として取り入れているのが「調べ学習」だ。社会科では、「授業書」と呼ばれる独自の教材を使う仮説実験授業の教育プログラムを取り入れ、調べ学習を実施している。授業は、①問いに対する様々な視点の選択肢から答えを選ぶ、②仮説を立て、資料を調査しグループで実験、③グループごとに成果を発表し、答えを検証、④授業の振り返り、各自の意見表明、といった流れが基本となる。

「世界史」の調べ学習は「フランス革命」。歴史的事件であると同時に、「人権」に関する様々な問題を提起するフランス革命は、歴史と公民を並行して学ぶ中3生にとって、格好のテーマとなる。まず通史学習を行ったあと、9つのグループが聖職者、貴族、ブルジョワジー、中流市民などから階級を選択、「人権宣言」や「1791年憲法」、「ルイ16世の処刑」、「ジャコバン独裁政権」の4つの場面に関して、それぞれの立場での行動や主張を考え、話し合った結果をまとめてプレゼンをする。立場による考えの違いを検証することは、社会を多面的に分析・検証し理解するうえで有効な学習方法といえる。

さらに現在の出来事に応用した「調べ学習」として「ウクライナ戦争」がある。「世界史的にも大事件であり、その背景を学ぶ意味がある。生徒たちに、自分たちで調べ、検証させたいと考えた」と社会科教諭はその意義を説く。その際留意したのは、どちらが「正義」なのかを定めないフラットな視点ウクライナ、ロシア双方についての公平な調査を行い、生徒自身に検証させた。導入として動画を見せ、生徒たちの心構えの変化につなげた。学習のプロセスは、ウクライナの歴史を知る事前学習を経て、グループ別に提示されたテーマに関する調査、さらにパワーポイントによるプレゼンへと展開。最後は、自分の意見をまとめるほかに、当事者への「手紙」を書くという課題に取り組んだ。プーチン大統領を相手に選んだ生徒は、「もしあなたがロシア系住民を救おうとして戦争を始めたのなら、自国の未来ある若い兵士も殺しています」と綴ったという。

「国家間で対立が続いても、市民レベルの交流で対立を乗り越えられることがある」と、調べ学習がもたらす効果について語る社会科教諭。戦禍にある人々に思いを寄せ、自分に何ができるか熟考した時間は、生徒たちを成長させ、将来、社会の課題と向き合うための貴重な経験値となるはずだ。

(文/坂井彰代)

「歴史のIf」に挑戦する学びが、




主体的生き方を育む


女子学院中学校 歴史総合

General History

女子学院では、歴史総合の授業において、生徒たちが当時の人々の立場になりきり、多様な視点から意見を述べ、議論し、考察するスタイルを取り入れている。この手法は、生徒たちに歴史事象を“自分事”として捉えさせ、深い学びへと導く効果的な方法であると言える。

たとえば、昭和初期の歴史を学ぶ授業では、「満州事変をどうしたら防げたか」というテーマで議論を進めていく。「歴史にifはない」と言われるが、女子学院はそこで思考停止せずあえて正解のない問題に挑戦する。まず生徒たちは、教員から当時の国際状況や日本経済、人々の暮らしぶりといった基礎的な知識のレクチャーを受ける。そして4つのグループ(政党政治家、軍人、工場労働者、小作人)に分かれ、それぞれの役割になりきってこの問いに向き合っていく。各人が過去の人々の心の動きに思いを馳せながら、どうしたら満州事変を防げたかを自由に想像し、考察していく。デジタルノートに記されたそれぞれの意見は、電子黒板で共有され、さらなる議論を深めるきっかけとなるという。一人ひとりが多面的な視点で掘り下げることで、単なる一つの歴史事象がある意味リアルな出来事として体現され、心に突き刺さる。そしてそれがさらなる疑問を生み、どうしてそうなったのかという根源的な問いへとつながっていく。こうした体験を経た生徒たちは、授業が終わったあとも熱い議論を続けたり、関連する書籍を生徒同士で教え合ったり、この本や映画がおもしろかったと教員に薦めにいったりして、自発的な学びの姿勢を身につけていく。

社会科の金井聖子教諭は、「正解がないテーマだからこそ、誰もが自由に発言できるのがこの授業の醍醐味」と述べ、このスタイルを取り入れてから授業の進行が楽になったと微笑む。そして、「生徒たちが多様な意見に耳を傾け、歴史の出来事を自分事として受け止め、正解のない問いに対して考え続ける人になってほしい。そして正確な歴史知識を持ったうえで、世界の人々と議論できる人になってくれたら嬉しい」と期待を込める。

さらに高1では「ひろしまの旅」という平和教育プログラムも実施。生徒たちは広島平和記念資料館見学や被爆者の方の講話、碑巡り、フィールドワークなどを通して、平和について深く考える機会を持つ。「この旅で得た刺激や発見が将来芽吹き、よい社会を構築するきっかけになってくれれば」と金井教諭。教育のベースに「キリスト教精神」を堅持する女子学院だからこそ、平和を希求し、その実現に主体的に取り組む姿勢を重視している。単なる知識の暗記ではなく、多様な仕掛けで主体的な学びを引き出す社会科教育。ここで培われた力は、生徒たちが社会に出た時、よりよい世界を築く原動力となるだろう。

(文/佐久間香苗)