議論の目的は「新たな価値の創造」という米大学院での学びを経てILOで日本や世界の労働問題に挑む

田中 竜介

たなか りゅうすけ

ILO(国際労働機関)駐日事務所 プログラムオフィサー 渉外・労働基準専門官

<Profile>

慶應義塾大学法学部政治学科、立命館大学大学院法務研究科卒業後、弁護士として主に労働事案に関する国内及び渉外法務に従事。ニューヨーク大学ロー・スクールにてLL.M.修了後、外資系法律事務所を経て2016年ILOに着任。SDGsやビジネスと人権等の文脈において国際労働基準の普及活動に従事、日本の政労使団体との連絡窓口の役割も担う。外務省ビジネスと人権に関する行動計画に係る作業部会委員。

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「グローバルな仕事をしたい」と考えた時、その候補の一つとして挙げられる国際機関。国連をはじめとする100以上の機関があるが、日本人職員の数はまだまだ少ないのが現状だ。実際に、こうした機関で働くには、どのようなキャリアが必要となるのだろうか。学生時代から抱いてきた目標を叶え、現在、国際労働機関(ILO)駐日事務所で働く田中竜介さんにお話を伺った。

労働が変われば、社会は変わる グローバルに「仕事」を考える

国際労働機関(ILO)は、いくつかある国連の組織の中で「労働」をテーマとして活動する専門機関。途上国を含め、全世界に40ほどのオフィスがあります。我々の重要な使命は、国際労働基準を策定することです。歴史をさかのぼると、ILOが設立されたのは、第一次世界大戦後。当時の労働基準は、国ごとにばらつきがあり、基準が比較的高い国もあれば、そうでないところもありました。労働基準を低く設定していた国では、過酷な労働条件が蔓延し、特に工業労働者階級を中心にストライキや社会不安を引き起こしていました。こうした状況を打破するために、国際基準を作り、世界レベルで労働基準を引き上げ、その基準を守っていこうという動きが生まれたのです。

現代社会でも、労働に関する課題は世界各地で絶えません。日本の場合、技能実習生を含めた外国人労働者、長時間労働、ジェンダー格差などは、残念ながら国際的に指摘を受けているところです。グローバルな視点から国内の労働を改善していくことも、我々の任務。雇い主である企業の経営者や各セクターの使用者団体と協議したり、労働者団体とコラボしたり、また政府との政策協議も踏まえながら、国際労働基準を日本の社会で広げていくことをめざしています。

激しい議論の末につかんだものは、次世代の価値を生み出す力

私が初めて国際公務員という仕事を意識したのは、大学生の時。きっかけは漠然としたあこがれでしたが、この道に進もうと決めたとき、自分の強みになるものが必要だと考えました。せっかくチャレンジするならば、より高みをめざそうと、司法試験を受けることに。弁護士の資格があれば、国内だけでなく、海外でもリーガルな知識を使って社会の役に立てることがあるのではないか、自分にしかできない仕事があるのではないかと思ったからです。

キャリアのスタートを切った国内法律事務所では、主に労働関係の案件にコミットしました。国内外のクライアントと接しながら、「仕事」や「働く」ということについて、深く考える機会を持ちました。今にして思えば、これがILOへの道の第一歩となったのです。

もう一つ、その後の進路を決定づけたものが、米国のロー・スクールへの留学です。合否判定を分けるのが主にステイトメント(志望理由書)の記載です。大学時代に学んだアカデミックな分野について、それをプロフェッショナルな仕事としてどのように生かしてきたか、更にはロー・スクールというキャリアを積むことで将来どのような人物をめざすのか。ステイトメントの作成を通じて、これらを徹底的に見つめ直しました。「自分は法律、特に労働法によって、多くの人を支えてきた。ロー・スクールで国際的な視野を得て、国際労働弁護士として世界中の人々の労働環境を改善していきたい」。私のこうしたステイトメントは、そのまま入学後の学び、そしてキャリアステップの指針にもなりました。

米国の教育について、個人的に最も驚かされたことは、クリティカル・シンキングです。日本の場合、初等教育を中心に教科書に書いてあることがある程度「正しい」という前提があり、それに沿って知識を習得していくという、ある意味で合理的なスタイルの学びが一般的です。対して私が学んだ米国の大学院では、授業が教科書通りに進むことはほぼありませんでした。教授は次々と学生に質問を浴びせ、教科書に何が書いてあったかを問うのでなく、「教科書にあったことを踏まえてあなたの見解を述べよ」と、徹底的に問うのです。

ですから、教科書を読んだだけでは予習にならず、そこから自分の考えを導き出し、他者を説得できるだけの論理を組み立ててから授業に臨まなくてはなりません。もちろん、世界中から集まった学生がそれぞれ異なる背景と法律の思考を持っていますから、議論が更なる議論を呼び起こし、丸く収まることなどない。時には法律に疑問を投げかけることもあるほど。その法律が良いのか、悪いのかすら分からない状態で授業が終わることも度々です。

こうしたハードな学びを経るうちに、あることに気づきました。「私たち学生がロー・スクールを出て、将来、社会に貢献していくには、現状の仕組みに甘んじていてはならない。世の中は刻々と変わっていく。だからこそ、私たちは既存の枠組みや前提を壊し、新たな価値をつくり出していかなければならない」と。日常的に繰り返される終着点のない議論は、新時代に即した価値観を見出すために、タフな思考力を身につけるための実践的な訓練だったのです。ペーパーテストで全員が同じ答えになることは、むしろ好ましくないこと。ダイバーシティがあるからこそ、世の中は良くなっていくのだという考えが、米国の大学院教育の根源にあることを感じました。

国際公務員になるには 専門的かつ国際的な経験が不可欠

留学が終盤にさしかかった頃、いよいよ国際機関にトライすることに。世界銀行の法務部門に応募しました。選考は順調に進むことができたものの、面接で人事担当者と対話を重ねるうち、自分が本当にやりたいことが、あらためて浮かび上がりました。私は、世界銀行という大きな組織を守ることよりも、法の知識を使って途上国の労働条件を改善し、そこに暮らす人々を救っていきたい。この思いを新たにしたのです。

この時の選考で、もう一つの収穫がありました。それは、人事担当者からいただいた、あるアドバイス。「あなたのプロフェッショナルとしての経歴は素晴らしい。しかし、足りないものがあるとするならば、ダイバーシティのある多国籍組織での国際的な業務経験。そうした経験を3年間は積むべき」。この言葉を受け、再び国際機関に挑戦する前に、日本にある外資系法律事務所に就職したのです。その後も変わらずに国際公務員として労働問題に関わっていきたいと考え、外務省の「ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)派遣制度」も視野に入れ、試験準備も進めていましたが、折良くILO駐日事務所にチャレンジできる機会に恵まれ、今に至ります。

理想の労働のあり方を模索して新しいルールを構築する

私は現在、日本政府が策定を進める「ビジネスと人権に関する国別行動計画」の作業委員のメンバーとして、政府の各省庁や経団連、市民グループなど、様々なステークホルダーのみなさんと活動を共にしながら、政府に対して提案を行っています。弁護士時代の仕事では、大前提として法律という既存のルールがあり、この枠内で依頼者の救済するために議論を構築していくことが私の役割でした。しかし、今は変わりゆく社会のあり様やビジネスを取りまく世界潮流にも合わせながら、各界の先駆的実務者とともに新たなルールの礎を構築しているという思いが強くあります。「司法から立法へ」私の職の変遷を表す言葉としては大袈裟ですが、わずかながらでも社会をより良い方向に後押しできることは、大きな醍醐味です。

今後は海外オフィスでも経験を積んでいきたいと思っていますが、今、日本の労働環境は、大きな変革期を迎えています。すべての人にとって働きやすい社会を実現し、誰もが安心して日々の生活を営んでいけるように。そのために更に尽力していきたいと思っています。

お問い合わせ先

名称外務省国際機関人事センター
所在地〒100-8919 東京都千代田区霞が関2-2-1
公式サイトhttps://www.mofa-irc.go.jp
E-mailjinji-center@mofa.go.jp
その他公式Facebook https://www.facebook.com/MOFA.jinji.center
公式Twitter https://twitter.com/MOFAjinjicenter

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