最新情報を取捨選択しながら対策を日々軌道修正し実行する 総力戦で挑んだ新型コロナとの戦い

田中 豪人

たなか たけと

WHO(世界保健機関)マレーシア国事務所 テクニカル・オフィサー

<Profile>

北里大学医学部卒。日本での初期研修および家庭医療後期研修を経て、米国エモリー大学ロリンス公衆衛生大学院で公衆衛生学修士課程を修了。同大在学中にWHOカンボジア国事務所にてインターンシップに参加。帰国後、国立国際医療研究センター国際医療協力局での勤務を経て、JPO派遣制度を通じWHO本部で勤務。現在、正規職員としてWHOマレーシア国事務所でコロナ対策に取り組む。

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新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、世界的な注目を集めるWHO(世界保健機関)。WHOでは実際にどんな仕事をしているのか、また国際機関で日本人が働くために重要な能力とはどんなものがあるのだろうか。WHOジュネーブ本部、マレーシア国事務所で働く経験を持ち、医師であり公衆衛生学の専門家でもある田中豪人さんに、大学時代から今日に至るまでのキャリア形成の歩みと共に語っていただいた。

(文・松岡理恵)

WHO職員として新型コロナウイルスと戦う日々

国連の専門機関であるWHO(世界保健機構)は、本部をスイスのジュネーブに置き、世界の保健医療の向上や国際基準の制定、公衆衛生上の緊急事態に国際対応を調整することなどを主な職務としています。現在の加盟国は194か国で、約7,000人の職員が本部、世界を6つの地域に分けた地域事務局、世界150か国の国事務所で活動しています。私は2019年からマレーシア国事務所に赴任しました。医療保険制度や保健システムの強化のほか、高血圧や糖尿病などの非感染症疾患や高齢化対策など多岐に亘る公衆衛生上の課題について、日本の厚生労働省にあたるマレーシア保健省と議論しながら、必要な技術協力支援を行っています。

とはいえ2020年の新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が起きてからは、現在に至るまで業務の半分以上はコロナ対策に費やすことになりました。ジュネーブ本部、地域事務局、各国事務所のさまざまな部署へ召集がかかり世界中の研究者と密に連絡をとりながら、WHO全体で取り組むこれまでにない事態です。

この未知のウイルスにどのような戦略で対応するかについて、世界中の研究結果を収集・分析し、マレーシア保健省に助言を行うことが私の仕事です。例えば、流行初期には、医療提供体制、つまり入院ベッド数はどの程度必要か、感染予防には何が有効でガイドラインはどのようなものにするかなどを政府と議論し続けました。保健省職員は非常に優秀で、欧米の有名大学への留学経験を持つ人も数多くいます。そんな保健省職員と協力し、新型コロナウイルスと対峙する一つのチームとして総力戦で挑む日々が続きました。当時は、膨大な量の情報収集・分析の仕事が押し寄せました。土日の休みもなく、時に不眠不休の非常に過酷な日々でしたが、その結果、政府が医療体制拡充へと大きく舵を切る決断を導き出すことができました。

この経験から感じたのは、未知の難問に直面した際には、新しい情報を取捨選択し、細かな軌道修正を行いながら速やかに実行することの重要性です。日々、新しい情報が、それも以前の情報を覆すようなものが次々と入ってくる事態です。修正が必要なものは即座に正す決断力も求められます。しかし、この決断は政府の方針転換にもつながり、政府の信頼を損なうリスクも生じます。私自身、裁量のある立場にあり、やりがいはありますが、重い責任も自覚しながら業務にあたってきました。

米国で公衆衛生学修士を取得し、医師からWHO 職員へ転身

私が国際的な仕事に興味を持ち始めたのは中高生時代ですが、その後、両親が医師であったこともあり、医学部へと進学しました。そうした国際的な仕事への思いが強くなったのは、大学時代に国際交流サークルに参加したこと、WHO、UNICEFなどの国際機関や国境なき医師団など国際NGOで働く人々の講演を聞く機会を持ったことが大きく影響していると思います。

また、在学中にバックパッカーとして、東南アジア、中東、アフリカなどを旅行し、各国で草の根ボランティア活動に従事する人々と出会い、発展途上国の医療現場を実際に見聞したことで、気持ちがより固まりました。やはりネットや本などの情報では、表層的な理解に留まるのは否めません。部署にもよりますが、国際機関の仕事で現場に行く機会は稀です。しかし、貧困層の人々の現状を目の当たりにした当時の経験は、常にその現状を思い出させてくれる貴重な財産でもあると感じます。

卒業後は日本国内で医師として働きましたが、6年後、米国エモリー大学ロリンス公衆衛生大学院の公衆衛生学修士(MPH)課程に進学しました。1年目は生物統計学や疫学、2年目は医療経済学や質的研究、保健システム、医療制度など現在の仕事の基礎となるものを学ぶことができました。大学院の授業で印象に残るのは、膨大な課題です。大変でしたが、これらはすべて現在の仕事上でも役立つものだと実感します。例えば毎日の授業の課題図書などは限られた時間内で重要ポイントを把握する力が鍛えられます。与えられた統計データからグループで分析し研究レポートにまとめ提出する課題は、まさにチームとしてプロジェクトに取り組む現在の仕事に直結するものです。また、留学先で培われた人脈、同窓会ネットワークは実際の仕事において大きな助けとなりました。

MPH課程では200~400時間の実習が卒業要件として義務付けられています。特に途上国の保健システム強化や、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)に興味があった私はWHOのカンボジア国事務所でのインターンシップに参加。UHCとは〈全ての人が、十分な質の健康増進・予防・治療・リハビリ・緩和等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる〉ことで、国民皆保険もその一部にあたります。その達成には医療制度の整備が不可欠です。こうした活動の主体は各国の保健省ですので、保健省と最もつながりが強いWHOであればUHCについて学べるとの思いからの応募です。このインターンシップが現在の仕事につながりました。

自分の助言、アイデアが一国の政策に反映する醍醐味

公衆衛生学修士を取得後の2018年に外務省が主催するJPO派遣制度を通じてWHO本部で1年間の勤務後、現職に至ります。何度も繰り返されるマレーシア保健省職員との議論の中で、自分の出した助言やアイデアが国の政策に反映された時は感慨深く、これが、この仕事のやりがいでもあり醍醐味でもあります。このようにWHOでの仕事は、実際の医療現場から離れ、保健省職員との仕事がメインです。このため常に心がけているのが、現場への視線、想像力です。また、現場に行かないのであれば、市民の声を知るためにSNSなど情報収集の方法を模索し、常にアンテナを張るように務めています。

今後の個人的な目標としては、WHOでの活動を続け、40代半ばまでには途上国の医療制度整備の専門家として、政府のコンサルタントとして自立することです。医師だからといって、専門性が確立されているわけではありません。常に努力し続ける必要性を日々、実感しています。

一貫性のある専門的な学びとアピール力が活躍の鍵

日本では専門性を意識しない傾向が強いようですが、国際的な仕事をするうえでは、専門性は不可欠です。これは外資系企業も同様で、いわゆるジョブ型雇用が一般的です。担当する職務の内容や専門性の高さにより報酬も決まります。優秀な人でも専門性がないのは非常にもったいないことです。大学から修士、必要であれば博士課程まで一貫性のある学びが不可欠ですし、意識的に専門分野を絞ることが大切です。

個人的な意見ではありますが、私は組織への忠誠心や忍耐力といった日本人の特性は国際機関で大いに貢献できる能力だと考えています。集団をオーガナイズする能力に長けていて、安定したチームの中には日本人がいることが多いと感じます。特に今回のパンデミックのような危機的状況では、日本人らしさが生き、頼りになる存在となっています。ただし、アピール力が弱いのは否めません。日本では『頑張る姿は誰かが見ていてくれる』という考え方がありますが、国際的な仕事をするのであれば、これは捨てた方がいいでしょう。自分の成果のアピールは重要ですし、不可欠な業務と考えてください。日本人の強みはいかしながらも、デメリットの払拭を意識すること。これが国際機関で日本人が活躍するために必要なことではないでしょうか。

貧富の差や人種などに囚われず、全ての人が一定の健康を享受できるような社会。この実現の一翼を担うために今後も自分の専門性を最大限にいかし、活動を続けていきたいと思っています。

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