様々な人との出会いに導かれたIAEA。大切なのは内側から湧き出る興味や関心
鈴木 明子
IAEA(国際原子力機関)安全基準核セキュリティガイダンス課 安全基準担当官補
<Profile>
京都大学大学院で建築構造工学修士号、フェデリコ2世ナポリ大学大学院で博士号取得。IAEAウィーン本部でインターンシップ、日本の建設会社の地震災害調査研究を専門とする研究所で建物の地震リスク評価や構造ヘルスモニタリング技術開発に関する研究業務を経験後、JPO派遣制度にてIAEAに勤務し国際原子力安全基準および関連技術文書の作成・改定支援や加盟国への安全基準普及事業等に従事。2023年5月より現職。
国連の関連機関であるIAEA(国際原子力機関)の安全基準担当官補として働く鈴木明子さん。現職に就くまでの鈴木さんの学びや体験を通して、国際機関で働くために求められるキャリア・能力・資質などについて話を伺った。
(文・松岡理恵)
興味や関心を育んだ子ども時代の環境
海外で仕事をしたいという想いを抱くようになったのは、海外を身近に感じられる環境だったことが影響していると思います。母の友人で海外勤務の方が多く、アメリカや中国などに住む知人を訪ねる家族旅行に出かける機会が度々ありました。一人での渡航は小6の夏休みの時、サンフランシスコの知人の家に滞在しサマースクールに通いました。言語の壁も気にせず現地の子どもたちと一緒に遊び、これが国際交流に興味を持つきっかけになったと感じています。
さらに進学した高校はSSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校で、学校の海外研修プログラムに参加し、ハーバード、MIT、NASA、ホワイトハウスなどを訪問したことで、国際的な仕事に漠然と憧れるようになりました。その後、旅行や研修先の歴史的な建造物に触れたことで文化財保護の仕事への関心が徐々に膨らみ、ユネスコなどの国際機関で将来仕事がしてみたいと考えていた記憶があります。
京都大学・大学院での学び
外国の建築物や異文化圏の居住環境に興味を持ち、歴史的建造物の保存を中心に建築を学びたいとの想いから建築学科へと進学しました。しかし学びを進める中で、芸術性の要素が強い建築デザインという分野が果たして自分に合っているのだろうか、という疑問を抱いたのが3 回生の頃です。
そんな時に起きたのが東日本大震災でした。そこから建物の構造、インフラの社会的重要性、さらには防災を含めた工学系の研究テーマに興味が移り、鉄骨の耐震安全の研究室に3 年間所属、鉄骨建物に設置したセンサーからのデータを元に地震後の安全性を判断する構造ヘルスモニタリング技術の開発研究に取り組むことになりました。研究室の教授である恩師との出会いも、専攻科目を決めた一つの大きなきっかけでした。多忙を極める中でも講義に対しては一切手を抜くことがなく、先生の熱いエネルギーと対話を重視した授業がとても魅力的に感じました。防災関連であれば実際の被害写真を見ながら、その原因について授業の課題内容に落とし込んだり、クイズ形式で難しい内容をわかりやすく説明する工夫もされていました。また、外国人研究員との英語セッションもあり、研究室で培われた英語力と刺激的な国際ネットワークはその後の研究生活も含め、私の大きなターニングポイントになったと思います。
京大研究室では、未解決の問題に対して目標を設定し、達成するための検証方法、それらから導き出した結果の分析といった、全ての問題解決に共通する論理的思考・検証力を学ぶことができました。また、論文執筆や学会での研究発表を通して、 どのようにすれば人に伝わり、より興味を引きつけられるかも徹底的に教え込まれました。例えば、私の研究論文のドラフトには、教授から考察不足の指摘がいたるところに入り、真っ赤になって返ってくるなど、研究者として、自分の主観ではなく、客観的に分析し、わかりやすく人に伝えることを着実に学ぶ機会となりました。これらは今の仕事にも非常に役立っています。
フェデリコ2世ナポリ大学大学院へ
その後、修士1年次に構造ヘルスモニタリング情報を使った建物の地震リスク評価手法をイタリア人教授と共同研究するにあたり、1か月間ナポリ大学に滞在することになりました。この短期滞在中に現地の指導教員・研究者に大きな刺激を受け、ナポリ大学大学院博士課程への進学を決めました。日本の大学の講義では計算・分析などの実践志向が強い傾向がありますが、イタリアの授業は理論重視。講義内容を一言一句逃すまいと書き写したノートを暗記できるまで繰り返し、最終試験のエッセイと口頭試験に備える講義風景には驚きました。与えられたトピックについて基本理論をぎっしり論述する、まさに科学論文執筆と研究発表に必要な力が求められているように感じました。また、私の留学当時はヨーロッパの構造物耐震基準改定が議論されている最中で、イタリア政府が支援する国規模の研究プロジェクトに参加する機会に恵まれ、国中の学術機関と連携し、建物と地域の多様性を捉えた新耐震建物の地震リスク評価に取り組みました。さらに留学中に地震災害が続き、災害現場の調査・観察に参加するなどの貴重な経験も得ました。
これらのイタリアでの研究を通じ、痛感したのが欧米での災害(特に地震)リスクの考え方の違いです。例えば、日本では数百年に一度の確率で発生する大地震に対しても絶対に倒壊しないよう安全性を最重視しますが、地震の少ない欧米では建築コスト等の経済的なファクターが建物の強さを決める上で優位に働くことがあります。国ごとの課題やニーズ、考え方の違いを理解することが不可欠だと学び、現在IAEA の業務で国際安全基準を扱う上でも、この点は非常に重要だと感じています。
国際公務員、IAEA への歩み
大学院修了を目前に進路について熟考したとき、国連で働きたいという想いが諦めきれず、IAEA での6か月のインターンシップに応募しました。IAEA とは国連の関連機関で原子力の平和利用について科学的、技術的協力を進める世界の中心的フォーラムです。当時の私の業務は、原子力施設の立地選定のための地震ハザード評価に関する安全基準ガイドの改訂や翻訳作業でした。官庁やエネルギー関連企業および研究開発機関からの日本人出向者の方も多く、国際的に活躍されている方々の多様な専門性と実務経験には圧倒されました。国際機関で日本人に求められるのは、日本の現状と、国際的な状況の理解の双方が不可欠です。また福島第一原発事故や広島・長崎の原爆の経験は日本人にしか発信できないものでもあります。インターンの経験は国際機関で働くための、日本での実務経験の重要性と私の経験不足を痛感させられました。
インターン終了後は実務経験を積むために一旦帰国し、総合建設会社の地震災害調査専門の研究所に3年間勤務しました。そこでは建物の耐震解析技術を軸にした研究開発から、災害調査およびコンサルティングまで、幅広い業務に取り組むことができました。これらの業務を通して、日本と欧米の地震リスクに関する違いや、産業界の課題や社会のニーズの現状を把握することができ、ここで得たことも今の仕事につながっていると感じます。その後、外務省のJPO 派遣制度を通じ、2023年から再びIAEA で勤務しています。
現在は、原子力安全・核セキュリティ部門の調整室で、主にIAEA の安全基準文書やガイドラインの策定支援、加盟国との調整業務に携わっています。IAEA の安全基準は福島第一原発事故に関わるALPS 処理水の安全性評価や、ウクライナ原発での安全性確保の指針として参照される重要文書なので、大きなやりがいを感じています。
国際公務員として大切なこと
これまでの経験を踏まえ、私が国際公務員を目指す際に大切だと思うのは、他国の人々との国際的なコミュニケーション能力と共に、際立つ専門性です。また、仕事を自ら作り出し、広げていくことで自分の存在意義をアピールする必要性もあります。また仕事は自分でつかみ取っていく、という気概も必要でしょう。特に他の人には真似のできない自分ならではの専門性や経験は大きなアピールポイントになります。
私が夢に見ていた国際公務員としてのスタートが切れたのは、自分の内側から湧き出る興味や関心を追求し続けた先に、人との豊かな出会いがあったからだと感じています。中高生の皆さんも自分の興味や関心を大切にしてください。学問は自分を未知なる新しい世界に連れていってくれるツールです。自分が望む環境で興味関心を存分に追求するための切符を得たその先には、想像以上の学ぶ楽しさ、広い世界が待っていることでしょう。
JPO派遣制度についてのお問い合わせ先
名称 | 外務省 国際機関人事センター |
所在地 | 〒100-8919 東京都千代田区霞が関2-2-1 |
公式サイト | https://www.mofa-irc.go.jp |
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